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28歳独身フリーター、竹ノ塚ツブ子。夢なし!目標なし!彼氏なし!実家暮らし!人生暇つぶし!

昨日の喫茶店の話

退職まであと76日


ポッキーもプリッツも買い忘れて一日が終わろうとしている。
なんとなく面倒だからという理由で朝飯をぬいたら、なんと18時まで食事の機会に恵まれなかった。血糖値が下がりまくって自分が何を喋っているのかよく分からなかったが、なんとか仕事はこなせた。
営業成績がエリア1位で、全店で見ても上から8番目。昨年は自分の担当の店ではなかったけど、全店中最下位だったので、この成績はかなり良い方だと思う。メンタルが荒んでくると売上だけが心の支えになる。インセンティブが欲しいけど、全店3位以内に入らなければ端金である。インセンティブはさておき、決算賞与ふんだくってから辞めてやる……。


よく分からないまま一日が終わったので、昨日の分の続きを書く。


昨日ブログを書いていたのは、家の近くの小綺麗なカフェだった。近所のカフェはそこだけで、40代くらいの女性が一人で切り盛りしている。18時に閉まってしまうので行く機会があまりないけど、マスキングテープで飾られた手作りのメニューも、雑貨屋みたいに並べられたカラフルなマグカップも、ハーバリウムも、店主の夢が全部叶っているような店なので、結構好きだ。味は可もなく不可もなく。
昨日はパンプキンチーズケーキと、マロンミルクコーヒーを注文した。季節のメニューがたくさんあるので楽しい。
近くに小学校と幼稚園があるためか、住宅地が近いからか、客層は子連れやママ友同士が多い。
隣の席では、ママ友2人が子どもの部活と習い事の両立が難しい、時間がなさすぎるという話をずっとしていた。まあ、その話を聞いてた頃の心境がどれくらい荒んでいたかは、昨日の日記を読んでもらえれば分かると思うけど、ちょうど「勝手にやっててくれ」とか書いてたあたりだ。
あの人たちにとっては切実な悩みなんだろうけど、私はその悩みに未来永劫共感することはないんだろうと思う。当たり前に結婚して当たり前に子どもを生み育てるという生活を、私は得られない。手を出さないことにしたのだ。諦めとはまた違う。結婚とかそういうものに、自分は向いてないと気づいた。
だから、家族の話をする人やその悩みを吐露する人を羨ましいとは全然思わない。ただ、心が荒みきってるときにそういうのを目の当たりにすると、あっち側の人が悪気なく自分を傷つけるようなこと(たとえば、なんで結婚しないのとか)言い出さないかひやひやしてしまう。いや、傷つくのとはまた違う。単純にくそめんどくせえ。でもそれも全部被害妄想だ。そんなことは分かってる。自分が悪いんだ。こういうとき心の安寧を得るためにはどうするか。人生が順調そうな人と距離を取るに限る。
ワイヤレスイヤホンの充電は満タンだった。


18時になったので劇場の近くに移動した。久々の歌舞伎町である。さっきケーキ食べちゃったし、ちゃんと食事するにはお腹空いてなさすぎるし、こういうときに食べるのは回転寿司一択だ。と思って探したら悉く休業もしくは閉店していた。ヤマダ電機も閉店したし、あちこち灯りのない店が目立つ。新宿、随分暗くなったなあと思った。
仕方ないので、いつも劇場が開く時間まで時間を潰している喫茶店に行った。どこにも正確な情報がないけど、おそらく1976年開業と思われるレトロな喫茶店で、大窓から歌舞伎町の一角が見渡せるのと、客層が面白いので好きだ。味は微妙。(味が微妙な喫茶店ではバナナミルクを頼んでおけばまず間違いはない)。とりあえずナポリタンを頼んだ。ナポリタンは多少不味くても許せる。
通された先の左隣では、ホス狂らしい女性がLINEをスポスポ言わせていた。ミュートにしないのか。フリックの音すら出る設定になっている。相手はホストだろうか。偏見は良くない。たとえMCMのピンクのリュックにマイメロのマスコットをつけていても。
パッと店内を見たところ、電話で脅しをかけている闇金っぽい人もいないし、ギリギリ違法でないビザで日本に留まりつつ風俗で働いてるけど先行きが不安な女性、という感じの人もいなかった。(前回はいた)
右隣の男性二人組がM-1の話をしていた。だれそれのどこが面白く、何がいけなかったのかという談義だった。しかしよくよく聞いてみると、お笑い芸人の人たちのことを「さん」付けで呼んでいたり、会話の中で「俺たちは」という言葉を繰り返し使っていて、業界の人なんだと分かった。
顔をチラ見したけど全然知らなかった。いやそもそも私は人の顔を覚えるのがかなり下手だ。博多華丸と大吉の区別つかないし。
会話の中でコンビ名が出ないかずっと聞き耳を立てていたけど、全く出てこなかった。笑いを取りに行くコントと、芸術に寄ったコント、どのくらいのバランスで攻めるべきかとか、テクニックの話をずっとしていて興味深かった。
そのうち少し沈黙があって、片方が、正直辞めようと思ったことあるんだよねと言った。
「でもさ、辞めようと思ったやつはとっくに辞めててここにはいないじゃん。みんな辞めていった」
相手はうんうんと頷くだけだった。
「高校の時とか、お笑いやりたいなって思って、それは、そのときは俺が異端だったのよ。でもこの業界に入ったら、こっちの、お笑いやってる方が普通になるじゃん。逆の方に行きたくなるんだよね、多分」
相手は少し間を開けてから応えた。
「まあ、今更、普通には戻れないでしょ」
私はナポリタンの酸味にむせながらそれを聞いていた。なんならエモすぎてむせていた。ああ、エモいという言葉は便利だな。時間がないんだ。劇場が開く時間まで5分切ってるし、これ書いてるの0時半で明日の仕事に響くし。だから色々言いたいけどエモいでまとめさせてほしい。
どうしてもコンビ名を知りたかった。会話の中で一切出てこないので、もう聞き出すしかなかった。人に話しかけて後悔したことは何度かあるけど、ここで今聞き出せなかったらこの先ずっと気になったままだ。M-1の2回戦で敗退したという情報だけでは探すことは不可能だし、おそらくまだそんなに有名ではないと思われた。
「あの、失礼ですがお笑い芸人のかたですか。すみませんお名前を存じ上げなくて……。隣でお話聞こえてきてとても面白かったので、コンビ名教えていただけますか。ネットで検索します。YouTubeとか、コントあがってたら観たいので」
突然よく分からない女がすごい早口で「ネットで調べるから名前を教えろ」と言ってきたら超怖いと思うのだが、彼らは快く名前を教えてくれた。2人はコンビではなかった。なんなら事務所すら別だった。どこで知り合ったんだろう。たしかに、相方だったら逆にあんなに親しげに話すことはできないのかもしれない。


改めて、歌舞伎町の喫茶店はなんか安心できるなと思った。住む世界が違いすぎて、私に危害を加えてくるのではないかということを、怖がらずに済む。実家に似ていると思った。私の実家もまた喫茶店だった。もう50年以上になる。客層はホストやキャバ嬢、ヤクザ、純喫茶好きの人、駅が近いから時間をつぶしにきた人、地域の老人。治安の悪いところらしく、近くの小学校では子ども同士で近づいてはいけないと言われている。父も子どもの頃は団地の子たちの親に「あそこに住んでる人は不良だから関わってはいけない」と言われていたらしい。偏見である。
ヤクザや夜の人たちは、こちらから下手にちょっかいを出さなければ襲ってくることはほとんどない。常連のホストの人は、ホスト界隈ではかなり問題を起こす人だったらしく、最終的に殺害されてしまったけど、うちの店ではとても愛想がよかったと祖母は言っていた。
色んな人が私の実家について「あんなところに住んでて怖くないの?」と言う。別に怖くはない。あなたたちに比べれば、全然。

 


観劇が終わってから、教えてもらったコンビ名を血眼で検索したけど、これがまた全然ヒットしてくれない。YouTubeにもコントは2つ3つあがっているだけだし、ツイッターで検索しても、彼らはいわゆる漫才コンビにおける「じゃない方」らしく、詳しい情報が全く出てこなかった。機会が合えば、ライヴ観に行こうかな。